So-net無料ブログ作成
検索選択

加茂岩倉遺跡 [遺跡]

荒神谷遺跡の発見から12年後の1996年。
島根県雲南市(個人的にステキな市名)加茂町の農道工事現場で
重機で谷を掘削中にやたらとポリバケツ状のものが地中から出てきました。
なんでこんなところにポリバケツが?とよくみてみたら・・・


なんと銅鐸でした。

農道工事は中断され、その後2年の調査をへて、これまた日本最多となる39口の銅鐸が発見。
現在では国指定の史跡となっています。
訪れた時気温30度を軽くこえる暑さで、駐車場にあった「遺跡まで500m」の立て看板に一瞬眩暈が・・・。

この先に遺跡があるのか?と疑ってしまうような道をあるいていくと・・・
かなり急勾配の崖があらわれ、そこの中腹に遺跡がありました。

う、この階段をあがるのか。。。

中腹には発掘当時の様子が再現。




ここは荒神谷遺跡から山を挟んで南東わずか3.4km離れた場所。
おそらく荒神谷と何らかの関係があるだろうとみられていますが、今のところ確定できていません。

赤・・・加茂岩倉遺跡
黄・・・荒神谷遺跡
ピンク・・・国経山(カンナビ山?)

荒神谷と加茂岩倉をむすぶハイキングコースがありました。
今でも通れるのだろうか?1度弥生の道を歩いてみたいものです。



加茂岩倉遺跡ガイダンス

崖沿いに木道の見学路を巡らし、その終着点にある建物。
中で遺跡の関連資料を見たり、休憩ができます。
涼しくて天国~v
年輩の男性が一人でお留守番。こういうところで仕事ができてよいなあ。


ガイダンス側から見た遺跡全体像。
ガイダンスに現地説明会の時の写真があったのですが、
下までびっちり、人、人、人!人の山でした。

館内ビデオで故・佐原真先生のインタビューが流れていて思わず涙。

帰宅してから図書館で借りた本↓

銅鐸の絵を読み解く―歴博フォーラム

銅鐸の絵を読み解く―歴博フォーラム


ちょうどこの本の編集段階で加茂岩倉の発見があったようで、冒頭佐原先生がここについて触れています。

★明日からまた出かけてきます。
来週、帰宅してから皆様のところへお伺いさせていただきますね!


コメント(14) 
共通テーマ:趣味・カルチャー

コメント 14

銅鐸が一体何に使われていたのか、未だに分かっていない私です。
(今は、その用途が解明されているのですか?)
それにしても、こんなに豊富に。

歴史を訪ねる旅は、準備段階も、帰ってきてからも、いろいろ本を読んだり、思いを馳せたり、広がりがあっていいですね。
そうして、また次の訪問地が決まったり。
lingnamさんの心の宝物が、こうやってずんずん増えていくのですね。
by (2007-09-26 23:18) 

mimimomo

おはようございます^^
結構日本のあちこちに遺跡って出てきますが、
その当時《いろんな時代はあるでしょうが》日本にも案外人口があったのかしらね。
荒神谷遺跡と加茂岩倉遺跡を結ぶ道、わたくしも歩いてみたい・・・
昔の人はお隣町《?》に人がいたのを知っていたのかしらね~
by mimimomo (2007-09-27 04:50) 

春分

どこかにもっと沢山埋まっているのかもしれませんね。そう思うと、面白いかなと。
by 春分 (2007-09-27 06:02) 

ひろたん

埋まっているんですよね
by ひろたん (2007-09-27 09:38) 

Silvermac

私も先日島根に行きましたが、なんと気温37度、高知でも経験しなかった気温でした。
by Silvermac (2007-09-27 09:50) 

param

銅鐸~(萌←怪しいですね)。
39口も見つかったなんて本当に驚きです。
最初に掘り起こした方もさぞかし驚いた事かと。
しかし暑い中無事にたどり着いて良かったですね。
その後ガイダンスで涼めたようで安心しました。
ハイキングコースが今でも通れればいつかご一緒に!
by param (2007-09-27 15:22) 

tamakiti

遺跡ってロマンですね~。
歴史のある所はどこか掘ったらなにか出てきそうで
面白い。
でも、開発の場所で土建屋さんなんかが見つけたら、
闇に葬られそう。
by tamakiti (2007-09-27 18:11) 

kozy

銅鐸が埋まってたから、昔この場所にはこういうものがあったんだ、
っていうのが分かるけど、でも、別に今自分がいるこの場所にも
色んな歴史があったはずなんですよね。
そう考えるとちょっと不思議な気分。。。
by kozy (2007-09-27 21:19) 

Ryu

ロマン求めて散策中ですか?とてもいい季節、雲南省では有りませんがゆっくりと弥生ロマンに思いをめぐらせてください。朝夕めっきり冷え込みます、風邪を引かぬようお気をつけ下さい!
by Ryu (2007-09-28 07:50) 

Zunko

行ってらっしゃ~い♪ 今回はどちらに行かれるのかしら。。ご報告が楽しみです♪ それにしても、農道を作っていたら古跡が出てくるって、浪漫ですね。。
by Zunko (2007-09-28 14:43) 

CARRERA

弥生人も同じ道を歩いたと思うと、ロマンですね!
by CARRERA (2007-09-29 13:01) 

sera

銅鐸が発掘されましたか、、
色々な理論があって、面白いでしょうね、
難しそうですが、、、(^_^;)
by sera (2007-09-29 21:14) 

lingnam

みなさん、ご訪問&コメントをありがとうございます!!
遅レスですみません!!
10月はまたしてもバタバタしてしまいそうですが、よろしくお願いします!!

>Roseblancheさん
初めは楽器、のちには祭式用に眺めるものとして使われたのではないか、と
いわれていますが、実際はどうだったのか興味深いですよね~
遺跡は「何がすごいのか」が分かりにくいので本やネットで調べると
帰ってきたあとでも二度美味しかったりします^0^
その一方で「見損ねたーー!」なんてジタバタすることもしょっちゅう・・・
そういう時は心の中の「次回のお楽しみ箱」にいれることにしているので、
お楽しみ箱が膨れる一方ですw

>mimimomoさん
弥生時代に稲作が導入されて食料が以前より安定して確保できるようになって
人口が増えたとか・・・。
荒神谷と加茂岩倉をむすぶ道を歩いてみたいですよね!
たぶんお互いに人がいることをわかっていたと思いますよ。
どんなふうに接触していたのか考えれば考えるほど興味がわいてきますv

>春分さん
その可能性大いにアリです。
まだ発掘されていないところはたくさんあるのでそう思うとますます面白いです。

>ひろたんさん
まだまだ埋まっているかもしれません~

>SilverMacさん
残暑にびっくりした旅行でもありました。
汗だらだらかきながらまわっていましたよ!

>paramさん
諸説あるのですが、はじめポリバケツかつけもの容器(!)かと思って
道端につくねられていたとか。で洗ってみたら銅鐸でてきて、サア大変^^
荒神谷の存在もありましたからそれは大騒ぎになったそうです。
ハイキングコース歩けるといいですよね~国経山もよいようですよ♪
いつかご一緒したいですvv
by lingnam (2007-10-02 22:32) 

lingnam

>tamakitiさん
ナイショですが、そういうケースもあるらしですよ~
調査入っちゃうと数年は動けないってことで^^;
闇に埋もれた遺跡はたくさんあるかもしれません。

>kozyさん
気が遠くなるほどの時間がたって、その当時に生きていた人たちは
とっくにいないのにこうして遺物がでてくると不思議な気持ちになります。
たくさんの人が生きて、史書にこそ残らないけれど、それぞれが
必死に生きていた・・・見えないつながりを感じてしまいます。

>Ryuさん
ロマンというより食を求めての旅だったかも^^;
今回はじめてのキャンプ体験しました~♪
風景よく楽しかったです!!

>Zunkoさん
どこの土地も数m掘れば何かしら出てくるそうですよ~
都内なら江戸時代の遺構とかがでてきそう。
今回ははじめてキャンプしてきましたvvおいしいものもいっぱい食べて
体重計がますます隅っこに押しやられてますよ!

>CARRERAさん
ホント、それを想像して歩くとますます面白くなりそうです!

>seraさん
大昔のことだから誰もしらないわけで・・・
だからこそ想像するだに楽しくなっちゃいますv
by lingnam (2007-10-02 22:38) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。